熊谷拓明さんダンス劇『近すぎて聴こえない。』/めぐるりアート、野外パフォーマンスにて新しい試み!!

東静岡ヒロバにて、10月26(土),27(日)の2日間に渡り開催されました、野外ダンス劇『近すぎて聴こえない。』。

ダンサー・振付家である熊谷拓明(くまがい ひろあき)さんと、一般公募の参加者17名によって行われた今回のパフォーマンス公演は、これまで美術作品の展示を中心としてきた『めぐるりアート静岡』にあって、全くの新しい試みとなりました。

熊谷さんは、 28歳で受けたオーディションをキッカケに渡米、シルク・ドゥ・ソレイユのダンサーとしてご活躍。
約3年間で850以上のステージに出演する中、独学のオリジナルダンスを磨き続け、帰国後はお一人でのパフォーマンスを開始。

気付くと踊りだけではなく、それはセリフ付きの表現となり、そこからさらに自分流に突き詰めることで『ダンス劇』が生まれることになったのだとか。

そんな熊谷さんが 脚本・振付・演出 をつとめ、17名の市民ダンサーとともに作り上げたダンス劇『近すぎて聴こえない。』。

無事会期を終了した今年度の『めぐるり』ですが、ヒロバにて開催されたこの2日間の公演の様子を、写真とともに振り返ってみましょう!

コンテナ・ギャラリー前の草原を囲むように集まったたくさんの観客。

出演者の姿はまだどこにも見当たりませんが、舞台ではコンテナをバックにして、静かに音楽の演奏が開始されました。

ヒロバへと響く演奏に、聴衆は自然に耳を傾け、これから起こる出来事をそっと待ち続けます。

と、そこへヒロバの一角で、不意に始められるふたりの男性のやりとり。

お互い何か言い合っていたり、頭を抱えて悩んでいるような仕草。かと思うと唐突に音楽に合わせて陽気な振り付けをしてみたり。

そこにふらりと、どこからともなく3人の女性が現れ、彼女たちの移動とともに、舞台はヒロバの中心部へと移行していきます。

そして始まったのは、それまでとは打って変わっての目まぐるしい3人の動作!

さらに数人の演者が加わり、しばしその動きに目を奪われていると、今度は一転、再び静かになる舞台。

そこに熊谷さんが登場!

けれど熊谷さんが見せたのは、目を引くような大きな動きではなく、マイクを通してのひとりの女性との淡々としたやりとり。

そこではダンス劇の練習のことが話され、女性が去ってしまった後も、ひとり会場をうろつきながら、客席に向けて話し掛ける熊谷さん。

自己紹介とも演技とも判断がつかないような、奇妙な語りが続けられていきます。

聞けば熊谷さんのリュックには、本日の出演者17名から預かった、大切な財布が仕舞われているとか。

「やりたいことをやって生きてきたハズなのに、じぶんのやりたいこととは財布を預かることだったんだろうか・・・」と、空に居るお母さん(まだ生きている)に向けて問い掛ける熊谷さん。

・・・と!

そこで唐突に開始されたのは、目にも留まらぬ速さで繰り広げられる熊谷さんの激しいダンス!

しかも観客のおひとりを舞台へと誘い、熊谷さんの見事なエスコートによってふたりは即興で素晴らしいダンスをご披露!

素晴らしい演技を終えた熊谷さん、その元へ一斉に駆け寄る出演者の皆さん!

そのまま胴上げでもして感動のフィナアーレを迎える・・・、

のかと思いきや、皆さんが駆け寄ったのは熊谷さんに預けられた財布入りのリュック!

リュックを巡る攻防を通して、ひとかたまりの生き物のように滑らかな動きを見せる一団。

コメディチックなやりとりを経て、そしてそこからは、まるで群像劇のように、あちこちで様々な演技が繰り広げられ展開されていきます。

公演もいよいよクライマックスが近付いてきた頃。
不意に、空から落ちてきた何かに気付き、それを手のひらに受け止めたかのような、ひとりの女性の仕草。

驚きの表情とともに、周囲の人々の元へ駆け寄りそれを見せる彼女。

目にした人々も、その存在に気付くようにして、次々とそれぞれの手のひらでその「何か」を慈しむように受け止める・・・。

そんな印象的なシーンで、およそ30分に渡る野外ダンス劇『近すぎて聴こえない。』は幕を下ろしました。

公演が終わり、一列になって挨拶をする出演者一同に、観客の皆様からは盛大な拍手!

そして公演の興奮冷めやらぬまま、第1公演と第3公演の後には、熊谷さんによるアーティストトークも。

お相手をつとめるのは、 オフィススノド代表取締役・ 担当キュレーターである柚木 康裕さん(下写真・右)。

今回出演された市民ダンサーは、ダンスの経験者も未経験者も含んでの17名。

オーディションを含めて、計3回の稽古で本番を迎えたということが明かされ会場の皆様もビックリ!

熊谷さんによると、静岡のメンバーはいい意味で「出たがり」が多く、そのため主体的に取り組もうというこのメンバーと過ごすことが出来て、非常に濃い2ヶ月間だったとか。

「作品の中では、その人がその人であることを活かそうと心掛ける。
舞台の上で見せるに値する個性が必ず誰にもある。
その人がその人であるクオリティ。その人は普段、何気なくその人として生きているので、自分はそれをその人に渡す役。その人の持つ本当の魅力を引き出す」

と熊谷さん。

その言葉が表すように、出演者の方々の見せた動きの中には、どこか日常の中で見たことのあるような・誰しもが日常の中でしたことがあるような、そんな何気ない動作があちこちに。

それは必ずしもダンスと聞いて私たちが思い浮かべるものではありませんが、それも『ダンス劇』と呼んでいるものの持つ特徴のひとつだと熊谷さんは語ります。

「 誰の中にも、ダンスというと思い浮かべる映像がある 。元々持っているダンスというもののイメージをズラすために、ダンス劇という呼び方を用いている。広い意味では踊りということになるけれども、多くの人の思い浮かべる『あれが踊りだ』と思う踊りは踊らないで欲しい。ということで、『踊らないでくれ』と伝えている」

そんな熊谷さんの言葉を受け、

「日常の所作という言葉を使い、エモーショナルになり過ぎないように、私生活のリズムをキープしてくれと言うのが面白い」

と柚木さん。

そして今回のパフォーマンスで忘れてはならないのが、皆様の演技を支え公演を彩った音楽の存在。

静岡に在住するボーカル・ギターの佐々木ゆうきさんが声を掛け、ベースの永見寿久さん、ドラムの佐久麻誠一さんとで今回のチームを結成。

素晴らしい演奏で私たちを楽しませて下さいましたが、そんな3人の音楽と、出演者の演技とを合わせたのも、本番当日の朝だったというのでさらにビックリ!!

「 不安な人もいたかもしれないが、その不安そうな顔もたまらなく好き。不安をなくすためのリハーサルはしない 」

という熊谷さん。

「振り付けでもなぜその動きなのか知りたそうな顔をしていても、それは教えない。その動きをしようとしてしまうから。現実も全部がスッキリするわけではないから、答えを出さない」

こうして作り上げられた今回のダンス劇。

「どんなお客様が来るか分からないので、来る方にいろいろな見方をして欲しいと、隙間を作った。決まった見方をしてもらうのは、いろいろな人々が集まるこの場所に似つかわしくない、と考えた」

そんな熊谷さんの言葉の通り、集まって下さった大勢の皆様の心の中には、たくさんの多様な見方がきっと残ったハズです。

熊谷さん、17名の市民ダンサー、そして演奏者3名の奏でた音。

そのどのひとつが欠けても、今回の素晴らしい公演は成功しなかったことでしょう。

それぞれの人が持っている、自分でも気付かない魅力。この静岡に暮らすまだ見ぬ人々の魅力。そして新たな試みによって示された『めぐるり』の持つ無限の可能性。

ダンス劇『近すぎて聴こえない。』は、そんなたくさんのステキなものに、公演を通し私たちを出会わせてくれました。

来年の『めぐるり』では、どんなステキなものにこの静岡で出会うことができるのか。

会期を終えて間もないというのに、もう今から来年が楽しみで堪りません!!!

(文・吉村友利)

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