ゴンザレス・ウィルフリド氏へのインタビュー(2)

2014年1月18日、名古屋のゴンザレス宅・アトリエにて

Q:白井嘉尚
A:ゴンザレス・ウィルフリド

Q:11月21日に会場下見をしてから1か月以上たちましたが、何か構想に変化がありましたか?

A:いろいろ考えなおしています。今回は、「雲」と「波」のシリーズでの発表になりますが、「雲」を表現するために、より細かなディティールが必要と思っています。展示空間は高さもありますので、「雲」は軽い感じが出せるよう、細いラタンを使おうと思っています。

「波」は、もっと太いラタンを使います。また「波」は、数を増やしてよりインパクトが出るといいなと思っています。

Q:チラシのための作家コメントに、「私の思考を、言葉(資料)によって皆さまにお示ししたい」と書かれましたね。

A:展覧会に来て下さる人は、ただ作品を見るだけの人が多いです。皆さまがそれぞれの感想をいだいくことになるわけですが、それだけでは、作品との現代アートとしての交流にはなりません。私は提起した問題を、観客の皆さまと分かち合うために資料を用意します。

Q:今回のゴンザレスさんの作品は、「雲」と「波」がテーマとのことですが、人間の形をとって「雲」と「波」を表すということ、そこにはどのようなねらいがあるのでしょうか?

A:「波」とは、人生の波、その流れのままに流されている人の姿です。

目覚めた人は、積極的に自分の環境を変えようとして動きます。

「波」の人も、波に上手に乗ると形もきれいに見えます。ただし、それはただ流されているだけだから、動いて動いて、結局のところ、あまり良い行いにはなりません。このことは、自分に対する疑問でもあります。

「雲」に飛んで、落ちて、「波」になる。また飛んで「雲」になる。

Q:そうすると、圧倒的に多くの人が「波」であると思っていいわけですか?

A:多くの人は、生きるだけで精一杯です。他の選択がなかったということもあるでしょう。 多くの人は、人生について反省的になることができません。

《「波」シリーズ第1》茶屋町画廊Ⅰ、大阪、2006

Q:会場には、「波」の作品が多くなるのでしょうか?

A:数は関係ありません。

いずれにしても、「雲」も「波」もグループとして表現されています。

「雲」の人は目覚めていて、世の中をよい方向にしようとしている。「雲」の人は、「夢の実現」を目指しているのですが、一人では実現できません。「波」もまたグループで流されてゆきます。

Q:私はゴンザレスさんの作品をみて感動したことがあります。数年前に遠州横須賀街道ちっちゃな文化展で、「絶望した人」が道路の側溝の穴に吸い込まれてゆく。もう一人の人が、その人の手をつかんで、全力でそれを引き上げようとしています。それは、「雲」の人が絶望した「波」の人を救おうとしている姿なのでしょうか?

A:私の作品は、「人を助ける」が基本です。

流されている人は、誰かが一緒に歩かないと助かりません。

何年か、「雲」と「波」の作品に取り組むなかで、その中にいろいろな意味が隠れていることに気づきました。「雲」も外側しか見えません。「波」にも、目に見えない流れがたくさんあります。

Q:ゴンザレスさんはラタンを素材としていますが、作品のテーマと素材との関係はどうなっているのでしょう?

A:針金で作品をつくることもありますが、針金の作品は冷たい印象を与えるように感じます。私は、ラタンからは温かな感じを受けます。ですから、できるだけラタンで作りたい。

Q:ゴンザレスさんは、キリスト教の牧師でもあります。「雲」の人、また「目覚めた人」というのは、クリスチャンという意味でしょうか? また「雲」の人になるためには、クリスチャンでなければならないとお考えでしょうか?

A:私自身クリスチャンとして、目覚めないといけないという思いはあります。私はよりよい世界を作りたいと思っています。

ただ、何が「良い」かという話は、一番難しいところです。
クリスチャンでなくても、何か「良い」ものを求めていく生き方こそ大切です。

私自身、若い時はとても悩み、いろいろな思想を求めました。その経験から、キリスト教はお勧めできる。でも、それを選びなさいとはいいません。それは、本人が選ぶ問題だからです。

私はカソリックの家族に生まれて、カソリックの信仰に寄りそって育てられたのですが、その時は自分がクリスチャンらしく生活できませんでした。

他の宗教のことも、いろいろ調べました。比較宗教学を学んだこともあります。

その時は、自分が変わるかどうかということが重要でした。

今の日本の若者が、そんな疑問を持っているかどうかわかりませんが、当時の私には、人がどうして生きていられるか、答えが見つかりませんでした。生きていく理由が知りたかったのです。

私はプロテスタントになることを選びましたが、クリスチャンに限らず、本人が「良い」考えを持てば良いと思っています。

Q:日本人にとって、「雲」と「波」は「自然」を連想させる言葉で、作品を見ただけでは、またその題名を聞いただけでは、ゴンザレスさんの意図は伝わらないと思います。

A:「雲」や「波」という題名は、作品を作った後に付けたものです。このシリーズの作品を初めて作った後、友人に何のイメージに近いか尋ねました。そこから、「雲」と「波」という言葉が出て来たのです。

私は作品を制作するにあたって、哲学を先に決めて、そしてその後にイメージを決めてゆきます。私はアーティストとしての活動を開始した頃は、作品を通し「社会にコメントする」ことを目指しました。それが、「クリスチャンの立場からコメントする」というように変化し、さらに「助ける」という発想に変わってきました。

「良い」を探して、「良い行い」を求めていきたいと思っています。

名古屋の自宅にて

ゴンザレス・ウィルフリドさんと愛妻のミミさん、2014.1.18